2014年09月17日

パンフレット@ 

映画を観て
パンフレットを買う。



当たり前のようにそういうこと言っていたり
実際に買ってもみたりするけれど
聞いた話じゃ
あちゃらではそういう文化はないんだってね。



パンフレットってのは
日本独自といっていい文化なんだってことをね
聞いたことがあるんですけど。



本当かしら??って思っていたけど
あーそういやわたくしが高校生の頃
基地の中の映画館には確かにパンフレットは売ってなかった。



あったのは
でっけークラッシュアイスのコーラと
キャラメルかけのPOPコーンで。



まあ、それはそれで
当時のわたくしには
BIGインパクトだったけどさ。





まあそれはともかく
友達が
整理するって。
段ボール一杯のパンフレット。


ひゃー宝の山だって思わずわたくし。



わたくしに合いそうなのをって
見繕って送るわってメールが来た。



ありがたいねえ〜〜〜。




彼女はTOKIOに住んでいて
舞台
コンサート
映画
歌舞伎



とにかく
「面白そう」という自分のアンテナに引っ掛かったものは
全部観ている。




ほんっと羨ましいっつうか
なんつうか
その好奇心も
好奇心を満たす行動力も
あ、勿論
経済力も。






でさ、
やっぱり「目が肥えている」とも思うの。
彼女はね。



で、
届いたパンフレット



それがまあ、あーた
本当にわたくしの趣味にずっぱまりで
まずそこで一人わたくし受けていたりしたのよ。



おほほほほほ。






そうきたかー






ってか、マルッとお見通し〜〜〜。
見通されているわたくし〜〜〜〜。



パンフレット広げているうちに



「あーそうそうそう!!!」



って色々思い出したりなんだりで
わたくし非常に忙しい。






で、その中身をちょっと何回かに分けて
ぼちぼちご紹介。



000_1178 まずはエム・バタフライ!!!!



これはねえ〜〜
珍品だったよねえ〜〜。





監督のクローネンバーグ好みっつうかさ
女装した男を女性と信じて愛した男の話なんだけど
このヒロイン役を演じたジョン・ローン
今思えばこの頃がピークだったんじゃなかろうかと。



これ、突拍子もない話に思えるけど
実話を元にした話だったりするんだよね。



原作は
ブロードウェイでトニー賞をとった戯曲なんだけど



その元になっているのが
1986年フランス人外交官と
中国人の愛人がスパイ容疑で起訴されて
審理の過程で愛人が実は男だったと判明したっつうさ。



そういう事件。



ってことは
起訴されなきゃ
男には判らんかったままかよ。



びっくり。



この事件のヒロインは亡くなった時に
ニュースにもなった。⇒こちら



パンフレットの中では
舞台でヒロイン役を演じた市村正規
「女を演じる男」を演じるということ」ってタイトルで
文を書いていて
「だまされるより、騙す方が面白い」って言い切っていたりする。



こういうさ
文が読めるのはパンフレットの醍醐味だよね。


うふふふふふ。



一時
わたくしこのジェレミーアイアンズ
好きだったんだよなあ〜〜〜。
疲れていてもセクシーっつうかねえ〜〜〜



珍品だったけど
嫌いじゃなかったこの作品。



ジョンローンの顔がでかいなあとか
なんでこれが男って判らんかとか
ホントは判っていてもそれで良かっただけじゃねえのか
フランス人だし
とか



色々わたくし的突っ込みどころはあったにせよ。



トニー賞とっただけあって



台詞がステキなんだよ。



「言葉もありません。
もう、勿体ぶっては、いられない。
お望みは何?



もう恥は差し上げました。」



くーーーーーーーー



「恥は差し上げた」



こういうこと言われたら、あーた!!!



たまらんわな〜〜〜。

隠微だけれど
すっげー知性的なさー。









で、ヒロインが
男だってばれた後に



「あなたのバタフライよ。
着物の下に秘められていたのは、いつも私よ。



言って。



私が好きだと。」



「私の欲望を知り尽くしたお前。



なのに分からんのか?
お前は真の姿を見せた。



愛したのはお前の幻。
完璧な幻。
それも崩れた。」



「愛してなかったのね」



「私は女を愛したんだ。
男が演じた女を。
あれに代わるものは存在しない。」



あー



これねえ
男が演じた女っていうフィルター入っているけれど
わたくし
恋愛っつうもんは「幻」だと
思っているところがあるんでねー



まあ、なんというか
相手の本当を見て
恋愛をしているって



その最中の人間は
み〜〜んな言うけどさ



甘い熱病みたいなもんで



だからねえ
これは恋愛の本質を突いた言葉だとも思う訳さ。



幻だと判ってからがさー
愛に変わるか
それとも・・・っつうさー



クローネンバーグの映画は本当に好きで
わたくし初期のは殆ど観ているんだけど
なんというか
この人の
「肌」に対する感覚っつうか
人間に対する感覚っちゅうか
ぬっちゃらぐっちゃらしている
よく考えれば結構グロテスクだったりするよねえ
人間って変だよねえ〜〜
って所から始まっているSEX観ってのは
癖になる。
後を引く。





「(クローネンバーグが)きっとゲイだからよ〜〜〜」



ってその感覚を一言で言いのけたゲイがいたけど
でもさー
ゲイでなくても
「なーんか判る」って部分は、あったりするのよ。





人間だもの。



しかし、どうしているんだろうねえ〜〜



ジョン・ローン。




posted by kazoo at 11:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画周辺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

パンフレットA

さて
送られてきたパンフレットの中に
2つほど未見の作品があったのよ。



その一つは



000_1179 「再会の時」



あー所謂
「団塊の世代のバイブル」
扱いを受けている作品だよね。



パンフレットを開けると
筑紫哲也がどどーんと
文を寄せていたりします。



世代論で括って物を語るのは
存外乱暴なことではないだろうか
やっぱり人間には
個人差ってもんがあるんだからってのが
わたくしの基本にある考えだったりはするのだけれど



団塊の世代自体そのものが



自分たちを世代論で語るの
結構好きだっていう傾向があったりして。



面白いもんだね。






じきに
団塊の世代が介護世代とイコールになる。



更にその上の世代ほど「我慢」というものを知らないこの世代が
介護される世代になった時
団塊の世代の子供達が
介護を担う立場になった時



大きな変化が訪れる事は
想像に難くない。



そのパワーで「今の問題点は改善される」って意見もあるけど
わたくしは非常に懐疑的。






そういうことも含めて
やはり一度は観ておく必要があるかもしれない・・・なんてことをね
パンフレット見ながら考えたりして。






もう一つは
ダスティンホフマンの「レニー・ブルース」



000_1184 これはねえ
ずっと
観なくては!!!と思いつつ



観そびれている作品の一つ。



ボブ・フォッシー監督作品で



パンフレットのシルエットだけで
判る



ダスティン・ホフマンの芸談もの。



わたくしは
英語が不得意だから
レイニーの面白さを「本当の意味」では
わかっていないし
これから先も
う〜〜〜ん
多分今の力以上に
英語力が増すとは思えないから
はなはだ・・・ではあるんだけれど



レニー・ブルースっていう
「言葉」の芸人の存在については
今でもいろんなところで
「あらこんなところにも」みたいに
影響を及ぼしているのをみると



やーっぱさ〜〜〜
観なくては、だね。



パンフレットによると
彼の妻ってストリッパーで


2人の間には娘も生まれるんだけれども離婚。


まもなく妻は麻薬で2年の刑。



レニー自身は
政治的・社会的風刺芸は
絶賛の拍手を浴びるようになるが
猥褻容疑で度々逮捕される・・・って、あーやっぱりここでも麻薬かよって
気もするけれど
彼の死は
ポルノ解禁のきっかけともなったって言われているんだそうだ。



ふむ。
この作品で
オスカー候補になったって書いてあるけど
ダスティンホフマンの
熱演も

どんなものか。やーっぱり激しく興味を引かれるのだ。わたくし的に。




「今夜ここに二ガー(黒人)は来ている?



照明、ライトを!!



さあ、よく見せてくれ。



二ガーが2人いるぞ。



側にカイク(ユダヤ人)も2人。



ポラックも6人見えるな。



・・・それからミック(アイルランド人)が4人。



グリースポール(メキシコ人)が3人



ここにもう2人二ガーがいる。



こちらの席は?



カイクが2人
二ガーが3人



スピック(プエルトリコ人)が一人・・・



この辺りは
二ガー6人
ミックが8人
それからワップ(イタリア人)が4人いる。



二ガーにカイクにポラック
ミック、グリースボールにスピック、ワップ



まだあるぞ



ヒップ(尻)
ディック(男性器)
ブーギー、ブーギー、ブーギー。



どうだい
殴り殺したい??



もしケネディが
「二ガー、二ガー、二ガー」と
二ガー一人一人を大声で紹介したら
こいつは
「ブギー、ブギー、ブギー」だ。



恐らく
そうなれば
二ガーという言葉の持つ暴力は消えてしまう。





そしてついには
学校で「二ガー」と呼ばれたために泣き出すような
小学生も金輪際なくなるんだ。




いやあ
やっぱ
すごい、な。



posted by kazoo at 12:03| Comment(0) | TrackBack(1) | 映画周辺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月18日

パンフレットB

さて
友達から贈ってもらったパンフレットのお話の3回目。



いきなりだけど



じゃじゃじゃじゃーん!!!



000_1182 トーチソングトリロジーだよ
おおっ!!!



これを映画館で観たのか〜〜



すげえ〜〜〜






本作品
わたくしのベストムービー10とかさ
決めるとしたら
いつも必ず上位の定番として出てくる
わたくし的タイトルムービー



過去
王国でも何度か
ご紹介している。



そうそう
母親役の大好きな女優さんだったアン・バンクラフトの
追悼記事でも。



実際問題
ゲイムービー
BEST50
の内
第12位に選ばれた実績を持つこの作品。



パンフレット見てみると
何より
主人公ハーベイ・ファーステインが若い〜〜〜



アハハ。



今だってすんごく魅力的だと思うけどさー
わたくし的には。



で。



このパンフレット
結構充実していてねー。



わたくし
好みの映画に何故かゲイムービーが多く含まれていたり
或いは
わたくしの好きな監督がゲイをカミングアウトしていたりするケースが多いのだけれども



たまさかよく言われるのが
「腐女子??」
或いは
「やおい???」



まあねえ
そういう自分の中の要素
全て否定するわけではないけれど



男同士が絡んでいたら
やみくもに〜〜〜って訳では、ない。



ないのだよ。


ええ。



けれどアーノルド曰く
「不治のストレート」であるわたくしが
魅かれる部分にそういうケースが多く含まれるのは事実。



なぜにそういう傾向があるのか。



そこんところ
すこここーんと
パンフレットの中で



鴻上尚史 が語っているので
抜粋。



鴻上尚史 はホモ・セクシュアルの恋愛の話を聞くのが好き。



それはたいてい
とってもエキサイティングで
面白くて
悲しくて
優しいから
という話から



その訳は
ホモセクシュアルの恋愛には
男と女のような「普通の目的」がないからだと続ける。



結婚がダメ(日本ではまだまだでしょう)



出産もダメ



普通の男と女は



「ぎくしゃくした関係をこういうイベントで
なんとか乗り切ったりするのに」



ホモ・セクシュアルには「愛しかない」。






だけれど



結婚や出産によって
「保証」されない恋愛だからこそ
続けていくだけで
後ろ指さされる恋愛だからこそ
(この後ろ指指されるってのは嫌な表現だと彼自身書いていますが)
愛に敏感になるんだと。



だからこそ
ホモ・セクシュアルの人達の
愛の話は
愛の本質そのものを語って面白いのだと。



そのようなことをね
書いているんだけれども。




いや勿論
ホモ・セクシュアルにだって
鈍感な輩は腐るほどいる
だろうから
一概には言えないけれど



普通の男と女の
「生活」の乗り切り方ってのに
結婚や子供ってファクターが
結構重要な働きをするのは、事実でしょう。



普通の人の愛の話が
いつの間にか
わたくしにとっては随分陳腐に思えるようになったのは



その生活を乗り切るためのファクターって部分を無視して
結婚や子供に
妙な教条主義を入れこんでみたり
過剰な意味合いを重ねてみたりで



あげくの果てには



婚活だの
どっかの中心で叫んでみたりだのなんだのって
男女間のいろんなことに対して
いやもっと言えば
「人間同士」の事柄
その表現方がどんどん幼くなっている世間の風潮ってのを
翻ってみて






どうやら



「エキサイテイング」の意味合いが
わたくしの考えるそれと
随分と差がある
のだなあと感じ始めちゃったからなのよね。



まあそういうと
随分偉そうに聞こえてもしまうだろうけれども



あーー
恋愛が
「判りたい」
「判ってもらいたい」という葛藤



せめぎ合いだとするならば

それは



もんのすごーーーーーーーーーーーーーく
エネルギーのいる話で



そりゃあ
わたくしも
恋に恋する夢子ちゃん時代には



「恋した〜〜〜い」



なんてこと寝言の
挨拶のように口走ってもいたけれど



実際問題
それって現実は



「事故」



まさしく
事故に出くわしたようなものだったりってのであって



そうなってくると



脳内エンドルフィン「まがい」を
自分で作り出して



「物語」の中の
「恋したあ〜〜〜い」とか
「わたしたちラブラブ〜〜」とか



「夫婦が一番」とか
「子供は天使」とか



「女は子供を産んで一人前」だとか






とにかく



そういうのが



俄然
色褪せて見えてしまったってのが
正直なところなのよ。



勿論
ステキな恋人たちや
そうなってみたい夫婦ってのが
0って訳じゃない。



生活するテクニックに
気持ちよく気持ちをのせて
毎日POPに闘っている人達は
いる。



ただねえ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「いいでしょう〜〜〜〜」って言われて
「うん!」って間髪入れずに言える対象は
極少数。



リアルでも
映画の中でも。



とにかく。



わたくしは
やおいとか
腐女子とか
どんな風に捉えられても結構だけれど



きちんと
「事故」が描かれているものが好き
ってことなんだな。



「事故」を「事故」として
描いている
そういうのが好きなの。



恋愛には



一種の「才能」が必要だと
わたくしは考えていて



それはなぜなら



「人が判りあう」ということが



とてつもなくエネルギーのいることという現実に対して
「判りあうことを諦めない」



ただそれだけの意志を
キープするのにさえ



大きなエネルギーがいることを知るから。






で、更に言わせてもらえれば



「人は判りあえない」





最初から口に出すのと



手を尽くして
ヘトヘトになって



「人は判りあえないけれど
諦めない」



つまり



こういう作品を観てつくづく思うのは



「分析バカにならない」



ってことの間には
とてつもなく
大きな隔たりがあるってことね。



で。



パンフレット読んでいるうちに
再度観たくなって
観なおしてしまったっつうのは
やっぱり
この作品
わたくしにとって
すげえ吸引力があるってことなのだ〜〜〜。



ああ、それにしても彼の声!!!



わたくしが好きなシーンは沢山あるけれど
ラストシーンでの
台詞。








「エドのことだけど・・・愛しているの?」



「判らない。・・・・たぶんね。」



「アランのように?」



「いいえ。



彼とは違うわ。

でも、死人は愛しやすい。
欠点がないから。」



「面白い見方をする子ね」



「うちの血統よ。
ママ、彼が恋しいわ。」



「時が癒してくれるわ。



傷が消え去るのではないわ。



仕事して
子供を育て
私とやりあっても傷は残る。



指輪のように体の一部になる。



傷があることに慣れてしまう。



慣れるけど、忘れはしない。



彼を忘れたい?」



「いいえ」



「それでいいのよ」







posted by kazoo at 16:11| Comment(0) | TrackBack(1) | 映画(は) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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