2014年05月30日

私が、生きる肌

1383557810_1088
「な〜〜〜んちゅう話だろうかっ!」



 

「凄かったね」



 

「よくもまあ!」



 

「ねえ〜〜〜」



「ねえ〜〜〜〜」

 

「おかずですっ!」


「ずーこですっ!!」

「2人揃って〜〜」

「映画に耽溺〜〜〜〜!!!」

 

「15歳以下は観ることかなわずの
私が、生きる肌



「大人で良かった!」

 

「良かったわね!!」



 

「でもこれ
たとえ大人であっても

ってか
今まで
ペドロ・アルモドバルのファンです〜〜」とか
言っていた人の間でも
好き嫌い
かなり激しく別れるんじゃない?


 

「そうかしら?」


「いやあ、なんかさ

サブカル女子
おされな文系女子に
人気なんでしょ?」



 

「何が?」


 

「だから
ペドロ・アルモドバル監督が、よ」



 

「あー、ねえ」

1383557557_1059「作風がさ
明るくPOPな色の画面の中で
グイグイ来るカルマ話。
この
「明るくPOPな画面」
ってのがポイントよね。

なんか浄化されてるイメージがあるじゃん。

ほんとに
浄化されているかどうかは
ともかく。」

「あら」


 

「観客は
なんのかんの言いながら
自分に置き換えて
「物語を観る」
訳で

「浄化イメージ」って
大事よ。」


「そんな言い方。」


「見事に需要に応じてきた
ってことなんだと思う。」


 

「まあ
あーたにそんな風に
分析されてもねえ〜〜」


「腐女子にも
人気だけど」

 

「だけど?」


1383557312_1041「だけど
エロいエロいって言われている
監督なんだけれども
わたくしには
全くエロく感じられないという・・・。」


 

「えー
エロいじゃん」



「いやSEXそのもの映してりゃ
それでエロいってもんじゃないでしょうよ。

なんかさ
その行為自体は
別に
そこから尻尾が生えてきたとか
身体が発光したとか
ないわけだしさあ」


「そ、そんなことになったら
NASAが飛んでくるわよ」


 

「冷静に考えりゃ
いや、考えなくても
動物の交尾と一緒で


SEXシーンなんて
わたくしにしてみりゃ
「あーねえ」って感じなの。」


 

「まあ!!」


1383557484_1049「たださあ
そこに
「想い」が入る
ちょっとこう、変化するじゃない。

想い=恥じらいとかさ
まあ
その=のこっち側には
いろんな要素の答えが用意されている

はずなんだけど」

「なんだけど?」



 

「不思議と
ペドロ・アルモドバルが描く
SEXシーンに
パッションはあっても
余韻はない
ってのが
わたくしの持論」


 

「う〜〜ん」



 

「まあ
いろんな観方があるのは
承知よ。


ま、今回のSEXシーンに関しては
途中盛大なぼかしが入るのが
興ざめだったけどね」

「そうね。」


「でも、この作品
私が、生きる肌
これはさ
ペドロ・アルモドバル
初めて
ほんとに
初めて!!
マジになった作品
ガチで自分をさらけ出した作品だと思った!」


「え〜
だって
バッドエデュケーションとかだって
監督の自伝映画って言われてたじゃん!

 


結構力も入っていたんじゃない?
いや、バッドエデュケーションに限らず
他の作品だって
そりゃあ力入れていたと思うけど〜〜。」


 

「そこよ!!!」


「え?
ど、どこよ」


「あのさ
どんな作品でも
情報少なく観た方が
面白さを堪能できる
と思うから
あたし達の「映画に耽溺」では
今までネタばれ部分は
極力隠す方向で
進めてきたつもりなんだけれども」


 

「うん」



「この「私が、生きる肌」に関しては
特に、なのだわよ」


「うんうん
ちょっと
語れないよね。」


事前知識
全く無しで観るべき作品。

まあ、こんなとんでもない話
説明するのも大変だけど」


「アハハ」


「ひとつ言えるのは
これさ
わたくしには
アルモドバルが
リアルで
カミングアウトしない(できない?)
理由を述べた作品だな
〜〜って思えたってこと。」

 

「ふ〜む」



 

「さっき
バッドエデュケーションの話が
出たけれどさ」


「うん」

 

「あの映画が
自伝って言われていることは
わたくしも承知しているけどさ
ねえ
ちょっとあーた
出ている人間を思い出してみて」


1383557933_1106「えーっと
ガエル・ガルシア・ベルナル
だったっけ」


「そそそそ」


「色っぽかったでしょ?」


「そうねえ。
目周りが濃くてね〜〜
目が
雄弁だったよね」


 

「他にも
監督お気に入りの
女優と言えば」


1383557846_1095「彼女はもう
ほんっと
監督のお気に入り。

彼女もそういえば
目の周り濃いわね〜」

「そうね。

そしてまた
土着的展開も含めて
綺麗にとってもらってるよね〜〜」


 

「うん。


ハリウッド作品に出ている時より
アルモドバル監督作品だと
百倍くらい魅力的だもんね。」

1383557634_1068「今回の作品には
盟友アントニオ・バンデラス
出ていて

やっぱ
さすがに老けも入ったわねー・・・とはいえ
かのマドンナが欲しがったっつうフェロモンは
健在。」

 

「うん」


「で、さ」


 

「なに?」



「彼らに共通することって
なんだと思う??」


 

「?????」


 

「貴方も
言ってたじゃないの!」



「????」


 

すんご〜〜〜く
お綺麗
だってことよ!!!!!」



 

「あーーーー
だって
そりゃあ
スターさんだもの
当たり前じゃない」



「いやいや
スターさんであっても
くすんでる奴は
くすんでるしさ。

ルックスは一旦置いておいて
演技のみで勝負って方たちだって
沢山いらっしゃるでしょ?」


「そりゃまあねえ」


「アルモドバルの映画に出てくる
物語の「核」になる
彼らは
演技力もだけど、

誰が見たって
ってか
女性が観ても
男性が観ても
ゲイの方が観ても
もちろん
好みはあるでしょうけど
とにかくフェロモンバリバリの
いい男に
いい女。

発するフェロモンに比例するかのように
ルックスがいい!

 

「あー
まあ、ね」



「その
ルックスのいい奴を使って
自分の心情を
自分の人生を
アルモドバル監督は
描いてきたのよ。」


 

「・・・何が言いたいのよ」


1383557749_1083「あのさ
現実の彼は
現実のペドロ・アルモドバル

監督は
どうかっつうと
こ〜〜んなルックスな訳!!!」



「あーた・・・
ちょっと、それ・・・
人のルックスにあれこれってのは
品性を疑われるわよ」


「だって
そこが
そここそが大事だと思うんだもん!!!」

「え?」


「はっきり言って
ペドロ・アルモドバル監督は
マジブスじゃん。


 

「み、身も蓋もないことを!!」



 

「あら、だって
事実だもの。


昔もブスだし
今もブス!」


「・・・・・」

「彼がさ
例えば
「女」になったとしても
彼はペネロペには
絶対、ならない
なれないわよね」

「う〜〜〜〜〜〜」


「女じゃなくて
男のままの姿だとしても
彼がこれまで描いてきた
女性性への
賛美
憧憬
ってのを身にまとわせるには
本当は
彼の美意識の中じゃ
ガエル・ガルシア・ベルナル並の
ルックスが
必要なのにさあ

ガエル・ガルシア・ベルナルの美しさなんか
リアルじゃ
その欠片も、ない。」

1383557707_1076_2「・・・熊ちゃんみたいで
可愛いって観方だって
あるんじゃない?」


 

「ぬるいこと言ってんじゃないわよ!
繰り返すわよ
ペドロ・アルモドバル監督は
昔もブス!


今もブスなの!!」

「耳元で
怒鳴らなくても〜〜〜」




「いやでもさ
ブスなペドロ・アルモドバル
「美は力」ってこと
知っているじゃん。」


 

「「美は力」?」


「映画を撮ることによってさ
彼は
自分の美意識を開放していくことで
観客に受け入れられてきた訳でさ

その過程で
彼自身
「ああ、そうか」
って度々思ったと思うのよ〜〜。

受け入れられるってことは
自分の美意識が
肯定されるってこと
じゃん?」


 

「うん」


「快感だわよねえ」

「そりゃ、ね
アルモドバル監督の場合
その美意識=作家性みたいにも
言われている訳だし」


「そう
それは
橋田壽賀子が「春よ、来い」で
自分役に安田成美を指定したなんて
レベルじゃない訳!!


 

「その例えはどうなの?」


「ま、レベルは違うけど
バッドエデュケーションを
そこらのおへちゃな
俳優使って撮ったとしてさ」


「うん」


「ここまで世界に
受け入れられたかっていう、ね」


 

「・・・え〜〜〜〜」



 

「だけど
リアルな自分には
それが、
その「美」が、ない。


 

「う〜〜〜ん」



「この映画観て
つくづく私は思ったんだけれど
彼はさ
多分
女そのものになりたい訳ではないと思うの

この「私が、生きる肌」に描かれるのは
女性性への嫌悪
矛盾
でもあるのだもの。」

1383557531_1056「う〜〜〜ん」


 

「それはさ
彼の今までの作品では
隠されてきたものよ」



 

「そうね」



 

「だけどさ
その上で。」



 

「その上で?」



「「美の力」を後天的に持った
そしてその
「美の力」だけで
生きて勝負をしようとする
この作品の
エレナ・アナヤが演じる人物の姿
ペドロ・アルモドバル監督の
唾棄すべき
でも唾棄できない
今の理想
でもあると思った。」

1383557606_1065「え〜〜〜?
だってかなり
混乱した人物よ」


 

「そりゃもちろんだわよ。
ペドロ・アルモドバル監督自身が
混乱した人物だと思うもの。


だからこそ
The Skin I Live In


 

「う〜〜〜ん」



「あーた
さっきから
唸ってばっかね」


「だって〜〜〜」


 

「で、だからペドロ・アルモドバル監督は
カミングアウト
しない
(できない)んじゃないかって。」



「え?」

 

「リアルで考えてみてよ。


名声は手に入れているのよ。
美意識を開放する快感も
既に充分知っているの。

そこに至るまで
いろんなところで戦ってきたのも
事実でしょうよ。」



 

「うん」



 

「でも、ブスなの。

ブスなのよ。


「美は力」ってことを
誰よりも知っているのに
ブス、なの。

映画の中で
「美」を動かして
賞賛を浴びても

ブス」



「・・・・」

1383557584_1062「しかも
彼の思う
その「美」も
一流品でないと
我慢できないし

それを選び取る
審美眼も持っているというのに」


 

「・・・ブスだと」


「そうよ。
そりゃ
こじらせるでしょうよ。

今まではさ
「美を思うがまま動かす」快感ってのも
作中で充分
味わってきただろうに」



「そしてそれは
「女」にも
「男」にも受け入れられて」


「だけど」


「だけど」

「ブス」


「ブスなのね」

「彼の中に
大きく
大きく開く

本当の
暗い欲望の闇」


 

「「精神はそのまま」

「美は力」のルックスで」」


「でもそれだとしたらさ
すんごく
強欲、だよねえ。

普通はさ
みんな
名声だけで
充分満足しちゃうじゃん。

ってかその前に
自分の容姿と折り合って
生きていくわけじゃん」

 

「うん。」



「あ、でさ
折り合えない人は
お直しって方法もあるよね」


 

「だけどそれはさ
「天然」で「美は力」をやっている人の前では
力を持たない。

脆いよね。


そういうところも
「完全」が欲しいと願うとしたらさ

この作品で描かれている
あの主人公の
立ち位置がさ


怖いし

切ないし



「あーーーーーーー」

1383557655_1071「わたくしがお世話になっている
映画サイトで見てみると

この作品鑑賞後
「変態」ってコメントを出した
観客も多くいらしたようだけれど」


「まあ
ノーマルじゃ、ないよねえ〜〜。」

「私は
「変態」のあとに
「乙女」がつくかもしれない
って思ったわ。」
「そ、そうなの?」


「その乙女っぷりは
とーーーーーーーーーーーーーっても
判りにくいし
こじらせてるわね〜〜とも
思うけどねー。

つまりこの作品における
バンデラスの位置にいる
人間なんて
そうそうは
いないだろうし

いてたまるかっていう、さ。」

 

「まあ・・・いないでしょうねえ」


原罪を許容し
赦し
「再構築」するだけの
力を持ち
なおかつ
罪人を愛する力を持つ相手なんて」



 

「変態と至上の愛は
紙一重」



 

「紙一重なのかしら」



 

「でも
そんなバンデラスの立場であっても
愛するには
ああいう
「エクスキューズ」が必要だった訳で」



 

「う〜〜〜ん」



 

「結局わたくしには
判らない
ってか
わかりようもないってのが
ほんとのところなんだけど」



「判らない・・・わよねえ〜」


 

「でも
とんでもなく
惹かれる部分がある
ってことは
事実よ。」


「それはね」


 

「ブスだけど
「巨匠」


そして
世界的に評価を受けている
アルモドバル監督の

繰り返すけれど
わたくしには
彼の本音を
初めて観た
って思えた作品。」


 

「うん。」



「美は力」
その真実を知っている人間が
ブスであるという

それを踏まえた上で
この作品を撮ったのだ
その事実を噛み締めながら
観るとまた一際と、だわよ」



 

「初めて彼の本音を撮った

変態乙女作品ね。」


 

「しかし・・・」


「なに??」


 

「な〜〜〜んちゅう話だろうかっ!」



 

「・・・・ねえ〜〜〜!!!」



 




posted by kazoo at 18:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画(わ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック