2014年09月26日

グラントリノ

人を喪うということは
なんというものなのだろう。



世の中には
「癒し」という言葉があるが
「癒されない」という事実もある。



「哀しんでいいのだよ」
と赦された場所で
ぽかんと
口をあけていた気持ちは



ふとした瞬間に
側にきて
激しく
揺さぶりをかけてくる。



空の青さや



流れ行く
風によって。





ちりちりと
自身の側にある
その傷と闇は



けれど
「不快」では、なく
疎ましいものでも、ない。



「死」は
いつも遠かった
遠くあって欲しかった
「死」は



そんな風にして

存在している。



長い
長い間かかって



生と死が
「地続き」なのだということを
知った今






グラントリノを観た。





いつも
いつも
イーストウッドの映画



観るわたくしの
「時」を選ぶ。



「気持ち」を選ぶ。



そうして
観終わって



わたくしは



クリントの「遺言」なのか
この映画は



と思った。








明らかに
クリント自身を投影された主人公は



頑迷であり
差別主義者でもあり
そうして
深く
深く
真の哀しみを知る者。






それは
「自虐」では、なく



「自己陶酔」でも、なく



ただ事実として



過不足なく



描かれていく。






その「知性」の前に
わたくしは
素直になる。



そう
「完全」では、ない。






ヒーローでは、ない。






だからこそ
「お説教」では、なく



リアルに体感させられていく。




彼の想い



彼の人生



彼が



彼自身が



伝えておきたいこと。





「死生観」
或いは
「宗教」



そうして
「バトンを渡す相手」を通しての



「血縁」に対する考察



彼の今までの人生
全てが凝縮され投影されていて
息を呑まされる。






そうして気付くのだ。
気付かされるのだ。



これは
クリント個人に留まらず



先に逝く者からの
先に気付いた者からの
「遺言」であることを。








わたくしは



号泣し



そうして



放心した。





「これさ
リピート観出来ない作品・・・」



うん。



本当に。


わたくしも。





けれど
観て良かったよね。



この遺言を
知って良かった。






ここに「答え」は、ない。





「イーストウッドの映画は方向性だけを示して、
後は自分で考えなってな所が好きだすな。」





そう言った友人がいたけれど
その通りだと思う。






安易な答えなんぞ
ここには、ない。



けれど


恐らく

彼の示す
「父性」というものの本質
「人間」というものの本質こそが



わたくしの
傷と闇とのこれからの共存への「鍵」となる。





「ヒーロー」ではないからこそ
「ヒーロー」足りえる



しかし
それは



「知るべき者」
「知ろうとする者」がいて初めて
紡がれ得ること。



そんなことを
思った。





「去年の映画だけど
今年観た中で一番かもしんない」



うん。



2010年
わたくしも。



本年度
わたくしが観た映画のなかで
BEST。




グラントリノ
NO.1。


posted by kazoo at 13:33| Comment(0) | TrackBack(2) | 映画 (か) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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