2014年07月16日

キンキーブーツ


こんにちわ
おかずですっ 」

「ずーこですっ」

2人合わせて
「食べるとデリ〜シャス〜〜〜♪」



「一部の方にのみって感じで受け入れられている
そしてまた、そういう方達にだけ
無理やり「さあ、飲み込みなさいッ!!!」って
お届けしているって感じのわたくしたちの
「映画に耽溺」シリーズですが〜〜」



「今日は、コメディではないのね??」



「う〜〜ん、そういう要素もあるけれど
ちょっと手ごわい映画を今日はご紹介したいの。」



「キンキーブーツ」・・・



あの方の所
紹介記事を読んでから、
ず〜〜っと貴方が観たかった作品ね?」



「そうなの。
ずっと観たくてしょうがなくて
いざ観たら、私、2回も続けて観てしまったのよ。」



「それだけ面白かったの??」



「・・・というより、
1度で消化しきれなかったのよ。」



「あら〜〜〜
大丈夫〜〜〜???



最近脳が老化の一途を辿ってるって噂は
本当だったのね。」



「誰がよッ!!
失礼ねッ!!!
永遠の23歳つかまえて〜〜。
違うの。
そういう意味じゃなくて〜〜。



えっと。



まずはこの映画
ストーリーが実話に基づいていてるらしいの。

歴史のある・・・でも倒産寸前の靴工場。
経営不振になっちゃって
これじゃいけない
それじゃあ、「ニッチ」(隙間)を開拓しようって
ドラッグクイーン向けの
セクシーなブーツ作りで一発逆転の再起を狙うわよ
って、簡単に纏めちゃうとそういうお話〜〜。」



「実話に基づいているってことなら
その会社の社長さんも
まあ、随分と思い切った展開に出たものだわね。」



「そうよね〜〜。
それで
映画の中で
それじゃあ、そのブーツを作るのに
あたしがポイントを教えてあげるわ。
お手伝いをしましょうって
出てくるのが
ドラァグクイーンのローラ。」



「彼女があれこれ
新米社長のチャーリー
手助けしてあげるのね。
そして物語は
めでたしめでたし♪」



「・・・うん。でも・・・」



「なによ。歯切れが悪いわね。」



「・・・やっぱりどうしたって
あたしは自分に置き換えてみちゃう部分があるのよね。」



「あら、だって、あーた
ドラァグクイーンでもなんでもないじゃない。」



「ええ。



つまんない只野仁・・・じゃなくて、
ただのノーマル人間だけどさ。



例えば、例えばよ。



私は非婚な訳じゃない???」



「そうね。知ってる。」



「今でこそ
非婚人口は増加の一途・・・なんて言われているけれど
現実問題あたしの今の年齢まで
独りってのは、やっぱり結構珍しかったりするじゃない。」



「まあね。」



「それでさ、それは自分が納得して
選んだ道なんだから、仕方ないじゃない??」



「選んだ道って、あーた、
単におへちゃで
もてなかったって話じゃないの???」



「・・・ぶつわよ!」



「睨まないでよ。
・・・あんたがもてなかったってのなら
それはイコール私ももてなかったってことなんだからー。
こんな所で
メビウスの輪の話なんか持ち出さないでよ〜〜。」



「・・・と・に・か・く。



私はいいのよ。



そのメリットも
デメリットも自分で引き受けなくちゃ仕方ないんだから。」



「そりゃそうよね。」



「例えば、これから先
本当に齢を重ねて
「独り」の恐ろしさってのを
いろんな意味で切実に味わう事になったとしても
それは、もう、きつくてもしょうがないの。
自分の道だから。
怖くてもね。」



「・・・そうね。」



「でもさ、例えば
そういうことで
今のあたしの家族が
母親や父親がさ
あの人達には何も責任がないのに
周りの人に
あれこれ言われたりするのって
自分に言われるよりきつかったりするのよ。」



「つまりさ、
「どうしようもなく、
こうでしかない自分」
ってのを



あたしは自分で引き受けているつもりでも
現実的にそうそう全部引き受けられるもんじゃないって
事実がさ、ある訳よね。
人生にはさ。」



「そうね。」



「だから、私はドラァグクイーンでも
ゲイでもないけれど
やっぱりこの物語
誰に感情移入したかって言うと
「ローラ」なのよ。


「自分らしく生きる」ってのはさ
そういう自分が手に余る部分も含めて
引き受けていきましょうってことだったりする訳だし。



そして
「自分らしく生きる」ってのは
陳腐な言い方になっちゃうけれども
そうそう簡単な事じゃないわよねえってことだったり。」



「・・・何となく言いたいことは判るわ。」



「あのさ、あたしたちのだ〜〜〜い好きな映画
「プリシラ」を思い出してみて」





「ああ、あの元気が出てくる映画ね」



「あの映画ではさ
最終場面
「都会は私たちを守ってくれる」って
一つの結論があったでしょう??」



「あったわね。」



「やっぱりさ、
ドラァグクイーンとかそういう例じゃなくてもいいわ。



非婚にしたって
子供がいないことだって
田舎より「都会」は
な〜んか紛れさせてくれる。



そういう感じがあるじゃない??」



「そうかもしれないわね〜〜。」



「それは、都会では
「立ち入らない」っていうか
人間関係が希薄っていうか
そういうのがさ、
『いい方向』で出ているっていうかさ。



田舎だと人間関係が
どうしたってさ〜〜〜濃密だから〜。



・・・といっても、最近じゃ田舎だって
随分変ってきているけれども。



で、ローラは間違いなく
「都会」に住む人な訳。
自己防衛って意味も
勿論あるわよね。
都会が自分を守ってくれるってこと
彼女は知っている訳。



そこで
自分の居場所を作り
ちゃんと歌姫として認められ
アイデンティーティーも確立してる・・・ように見えるわよね。」



 

「でも違うのね」


「だって、貴方、ローラは
どう見たって
「疲れて」いるわ



その痛みを忘れるために
何かというと
ウォッカをあけなくてはならないほど。」



「そうね。」



「それは何故かしら」



「きっとね、彼女には
「楽園の限界」が見えていたからだと思うの」



「楽園の限界???」



「そうよ。
だって、彼女が作り上げた
あのクラブで
確かに彼女は女王様だけれども、
集っているのは
やっぱり・・・「一般」の人って訳ではないわよね。



彼女の格好は
特殊だけれど



彼女の中身は極めて
「普通」だと彼女自身は思っている訳じゃない???



あたしだってさ
非婚って要素を別にすれば
普通すぎるほど普通なのと一緒。



で、彼女を認めてくれる
その楽園の仲間は
極端に言えば
「同好の士」の集団でしかない。



多分、それでも良かったんだと思うのね。最初はさ。



でも、彼女が欲しいのは「小さな世界」での満足じゃない。



そして、彼女の欲しい物を求めようとすれば



「繭」から飛び出なくては、仕方がないのよ。



彼女はそこに気がついているんだと
あたしは思うの。



彼女が認められたいのは
求めているのは
もっと
なんというか
広い意味での「人間」だし
その「繋がり」でしょう??



けれど
繰り返すけれど、それは手に入っていない訳よ。



ウォッカを飲まないと
やっていられない「現実」が
頑として彼女の側に動かずにあるのよ。


一見「楽園」のように見えても」



「そうね。」



「でも、繭を飛び出すって、なんて大変なことかしら???
普通はさ、繭を自力で作り上げるだけでも
大変なエネルギーだもの。

でさ。
新米社長のチャーリーに請われて
彼の会社に行って
会社のみんなと働きましょうってことになった時、
彼女
男装・・・っていうか
普通の格好してくるじゃない???」



「そうだったわ。みんなに受け入れられるためにね。」



「でもさ、それは彼女の「普通」じゃないのよ。



だから
「ドラァグクイーンの時の私は
500人を前にしても
平気で歌えるけれど
この格好の私は
ハローって挨拶さえ満足にできない。」って
トイレにこもっちゃう。」



「そうだったわ。」



「で、その時にチャーリーが
トイレに入ってきて



自分の
「親の期待に応えてこられなかった自分」という
トラウマをローラに告白するの。」



「ええ。」



「で、
あの時、ローラが言うじゃない???



「あたしたち、しっかりしなくちゃ!!」



あの瞬間に
ローラは初めて本当の意味で
チャーリーに興味を持ったんだと思うし
更に言うなら
ここに自分のずっと求めてきた
「本物の繋がり」が築けるって夢
恋したんだと思うのね。」



「同志愛みたいなものを
感じた訳ね。そこから、そういう気持ちに発展ってのはある話だわね。」



「でもさ」



「何よ」



「チャーリーはノーマルじゃない。」



「無論そうよ。



だからこそ!じゃないの。



チャーリーは
婚約者との間にいろんなトラブルを抱えているし」



「あ!



 

あの女やな女だったわね〜〜〜!!
俗物臭満開でさ〜〜〜」



「あーら、あーたはそういうけど
現実の世界では
100の愛の言葉より
1枚のブラウスで
涙が止まるのが女ってもんよ。」



「・・・そうかもしんないけどーー」



「まあ、とにかく。



あれこれすったもんだあるんだけど
ミラノへ靴の展示会
ショーをやるわよって前の日に
チャーリーとローラは
大喧嘩をしちゃうのよね。」



「そう。」



「あれはチャーリーが
自分の元婚約者が
違う男と一緒にいるのを見て
ローラに八つ当たり・・・って設定なんだけど・・・」



「酷かったわ。」



「そう、その時
ローラは女装してチャーリーとの
場所に出向くの。



彼女にとって「自然な」姿で。



それをチャーリーはこっぴどくなじるのよ。



そしてローラを全否定するの。



「2つの性」の間を
行き来してる単なるフリークスみたいな
言い方をするのね。





・・・でも。」



「でも?」



「・・・それでも何故
ローラはチャーリーを最終的に助けるのかしら???
あんな風に言われたら
あたしだったら
絶対に横を向いてしまうんじゃないかしらって
そう思った時に
彼女が「都会に疲れていた」って伏線
バッと浮き上がってきたのよ。



ねえ?
ローラはもう
恋のパッションが必要な人じゃないの。

彼女の求める物は
「愛」だわ。
そして彼女は既に知っているのよ。



愛の本質を。



報われるってことだけが
愛の完成形ではないってことを。



思い出してみて。



彼女は決して完璧な人間じゃない。



でもだからこそ
「求めている」の。



そして、あの喧嘩の時に
投げつけられた言葉で
彼女は悟ったのだとあたしは思うのね。



「チャーリーは近いけれど
自分の半身ではない」ってことに。自分は自分なんだってことに。」



「ええ。」





 

「それでも、彼女は
その厳しい事実から逃げなかったわ。



彼女の楽屋がさ、
最初に映るじゃない???



その時にポスターが映るのね。



マレーネ・ディートリッヒの。



マレーネ・ディートリッヒの代表作と言えば???」



「・・・嘆きの天使!!!」





「そう。
ローラはまさに「嘆きの」天使なのよ。
ねえ。彼女がチャーリーを救うのは
何故かしら???



彼を赦したのは何故かしら???



彼女が深く疲れていたから???



会社の人達の事を考えたから???



必要とされて放っておけなかったから???」



「・・・その全てだと思うけど」



「そうね。
・・・何よりあたしは
彼女が「愛を知る人」だったからだと思うの。
ローラの側にあるのは
言うまでも無く
凄まじい孤独よ。



人は「人間は本来孤独なものである」って
よく言うけれど
孤独の色合いの深さの違いってもんは
存在するのよ。
現実にも。



ただ、彼女は
不完全で
不器用だけど
その色合いの深さに
酔っ払って自分から飲み込まれようとはしなかった。



それはね
きっと
「自分らしく生きる」ってことの
厄介さに身もだえしながらも
醍醐味を感じていたからだと思うの。



愛にはいろんな形がある。



それは残酷だったり
凄まじい形をしていたりもするけれど



でも、
「与える」ってことは
源なのよ。



ねえ、そして改めて考えてみて。



ローラはまだ
チャーリーの会社で
働いているのかしら???



「そうね。
・・・現実の物語はまだまだ
厳しく・・・続いていきそうよね。」



「そうなのよ。



明るく可愛い映画で
一見大団円に思えるけれど
でも、考えてみれば
ローラの孤独は「解決」した訳じゃない。



でもさ。



だからこそ。



この映画は
ローラ姐さんの
愛に対する
人間の繋がりに対する
姿勢・・・っていうか
飲み込まれてたまるもんかっていう見事な啖呵だったわね。」



「そうね!」



「そうそう、そういえば
この映画、素敵な爺様と婆様が出てくるの。



一人は、真の職人である爺様。



そして、もう一人の婆様はというと



女装しているローラに向かって



「貴方、男性??」



「そうそう!!
そんで彼女が
「・・・そうよ」って応えると



「じゃあ便座を上げておくわね。」



って応えるのよね!!!
あたし、じーんとしちゃったわ。」



「あの爺様と婆様だって
年配だから人間が出来ているって訳じゃないでしょう、きっと。


齢をとれば寛容になるというのは、幻想よ。ローラの父親を見れば判るわ。



映画で細かく描いてはいないけれども
きっとあの爺様婆様2人は
「寛容である」ことに対する
それぞれの道のりの物語があったはず。」



「それはそうね。」



「そして、ローラが欲しかったもの
この映画が伝えたかったのも
そういう寛容や



「嘆きの天使・・・上等じゃない!!!!」



っていうさ、



踏ん張る姿勢っていうのかしら??
そういうことなんだと
あたしは思ったの。



どうしようもなくそうでしかない自分に



酔っ払うのは簡単。



でも、そうじゃなくて
「求める」って行為の
切なさ、美しさ。



「飲み込まれない」って踏ん張る孤独との向かい合い方。



どんな人間も
飲み込まれないってその姿勢があれば
誰かの「天使」になれる。



それは御伽噺で
甘い夢かもしれないけれど
でも、そんな風に
私は思いたいわ。



勿論繰り返すけれども
「飲み込まれない」ためには
「天使」になるためには
理論だけじゃなくて何かを持ってなくちゃ
話にならない訳だけれども。」



「・・・そうね」



「とにかく」



「甘くて」



「キュートで」



「ゴージャスで」



「ちょっと手ごわい作品です。」



「どうぞご覧になってね。」



「あ、後、サントラが素晴らしかったわよね!!」



「ええ。あたし、これは買います。」



「うふふふ」








「それじゃ今日はこの辺で」






「し〜〜ゆ〜〜〜!!」




posted by kazoo at 16:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 (か) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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