2016年03月23日

家族はつらいよ

T01a_166267.jpg

連休明けの田舎の映画館。
お〜〜〜
結構な人出ざんすよ。

このところ
はからずも追いかける結果となっている
山田洋次監督作品。

前回の「東京家族」のキャストそのままで
もう1本撮ってみたいと監督が思ったそうで

それにしても
結構、入っているなあ〜〜。
年齢層は高め。

平日でこれって
なかなかたいしたもんだわ。


今回は「熟年離婚」がテーマの喜劇。

ある程度
先が読めるっつうか、べタと言えばべタな内容かもしれない。

しかし
べタでも上等なべタ。

で、東京家族と
同じ場所で、微妙に異なる「家族」の物語が
語られる。

例えば
「東京家族」では、ちょっとずれてはいても
頼れる長男だった西村雅彦

今回はなんとか面倒を避けたい
でも「いい格好しい」で
自分の家族が一番さ!な、典型的小市民に描かれているし

 嫁に出てるけど
「実家のことはいろいろ心配している」って
狂言回し的存在の長女は

「結局、今のこの家のいろんな問題、バランスは
わかっていない。
外から言っているだけだ」
って

次男の妻夫木に鋭く指摘されちゃうし。

そうそう
例え家族であっても、だわよねえ。

で、「わかっている」そんな妻夫木は
ピアノの調律師で社会的に成功している・・・とはいいがたく

でも
そんな彼が結婚するとなって
家を出るとなった時

長男の嫁がしみじみと
「この家は貴方がいなくなったら
(クッション材をなくして)
どうなるのか・・・」

と嘆き
次男は
「大丈夫
近くにいるんだから
何かあったら呼んで」

「義務は果たして」
「自分の未来」に思いをはせる。

その未来は
おそらく
彼が長い間実家の中で育んできた

「思いやりの実現力」というものに
裏打ちされていくことだろう。

長男の嫁はそれを知っていて

婚約者である
蒼井優

「私は貴方が羨ましい」というシーン。

そう、長男の嫁は
今まで以上に
「当事者」となるんだ。
だからこそ
「俺たちは大丈夫だよな??」
って聞く旦那に

「いつまでもつか・・・」

いやあ、ほんっと
隠された毒がじわりと効いて
だからこそ笑える。

それにしても、だわ。

「東京家族」では長男が医者
「家族はつらいよ」では
蒼井優の役が看護師。

それって「ラッキー」だわよねえ。

家族の形が
変容し、あれこれと価値観も変わった現代。

毎日いろんな家族の「事件」がニュースをにぎわしている。

それでもさあ
観客が
よく笑う。

わたくしはというと
橋爪功演ずる主人公のありようが、

「これで九州弁だったら、
まんま亡くなった国王じゃん!!」

って、笑ってて
いつの間にかの泣き笑い。


今、どこにでもある話、
観ている人がさ
「あるある」って思える

エスパーもタイムトラベラーもヤンキーもホストも出てこないけれど、

こういうウェルメイドな話を撮れるのって、
ひょっとすると山田監督が最後かもしれないって思いながら観賞したのさ。


映画が終わって
場内が明るくなった時

なんか皆さん晴れ晴れとした顔をしていて

「あの靴下!!!」

「あんなできた嫁、いないわよねえ」

とか話しながら出て行ってるのが
非常に印象的な・・・あははは。

あ、あと
「トト」が可愛いぜ〜〜。







posted by kazoo at 14:25| Comment(2) | TrackBack(6) | 映画 (か) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月17日

キングスマン

CO85G5dUYAAxckz.jpg




まあ〜〜〜〜〜
コリン・ファース
かっけーのなんのって!!!!

いつもはさ
「英国王のスピーチ」とか
「シングルマン」とか

端正なスーツ姿で
どんな状況であっても
静かに佇んでいらっしゃる・・・ってなイメージの方でいらっしゃるに

今回は
アクション!!!!

しかも
アクションもまた
「端正」なのよ、っていう、ね。

いやあ
「エレガント」なのよ


ぶっちゃけ
この悪ふざけ作品

(ええ、わたくし
悪ふざけと
断言さしてもらいますわよ。
ふっふっふっふっふ)

コリンのWのスーツ姿で
魅力倍増

映画の
「格」をも、スコココーンとUPさせちゃう
その男伊達っぷりが眩しいぜッ!!なのさ。

そもそもわたくしはホラーとかスプラッタとかは「・・・」な人間なのよ。
NOサンキューなのよ。ええ。

・・・なんだけどさあ、あの「花火」のシーン」には大爆笑。

ブラックにも程がある!!!

この作品
小ネタがあれこれあって、映画好きはにやり♪だよねえ。

わたくし的には「シャイニング」
やっぱあれ「マック」シーンがツボだったわ〜〜〜。

で、さ
友人の情報によると
次回作は日本を舞台に、とか監督が言っているっていうし
巷の評判もいいらしいのよね〜。

けど〜〜〜

問題はさあ、
(ネタバレごめん)

コリンを殺しちゃったってこと!!!

わたくし
ずーっと

「実は生きていた」って展開を
待っていたんだけど

生き返ってこない。

死にっぱなし。

ないわ〜〜〜〜

それはないわ〜〜〜〜

って、なると
次回作に
コリンは登場せず・・・な訳???

え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!???

Boooooooo〜〜〜〜〜〜〜!!!!!

「あの若造じゃ」
と新人さんいじめじゃなくてよ

わたくしが一緒に観た友人なんか

「あの人
スーツ着ても
全然・・・でしたね。

もちろん
その差が面白いっていう
演出なのはわかってますけど・・・」

うんうんうん

コリンが出なきゃ
きっと
2作目の呪い
ずっこ〜〜ん!!!

予言しちゃうわよ〜〜〜。

あ、あともうひとつ

「スノッブ」=俗物って和訳はどうなんだろ?
英語に詳しいわけじゃないけど、
ちょっと違うんじゃないかって思ったのよ。

わたくしよりも
英語に堪能な人たちの意見としては

「俗物には違いないんだけど、
この場合、通人ぶった、という方に比重がかかっているので、
たぶん、「お高くとまりやがって」ぐらいの訳の方があうのに、と思いました。」

「あ〜〜私も違和感感じた
紳士ぶってとか上品ぶってとか?かな〜」

ってなことであるので
わたくしの指摘も
まんざらじゃない気が。

まあ、とにかく

「コリンのWスーツ」姿と花火!!!

それに尽きるな。

おほほほほほほほほ

91Xh1JS2zAL__SL1500_.jpg

本屋じゃ
GQ表紙でコリンにっこり♪

いやあ、本物は
「強い」!!!





★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


映画.comさんからの
あらすじand解説引用

「英国王のスピーチ」でアカデミー賞を受賞したコリン・ファース主演、
「キック・アス」のマシュー・ボーン監督&マーク・ミラー原作によるスパイアクション。

表向きは高級スーツ店だが実は世界最強のスパイ組織
「キングスマン」で活躍する主人公ハリー・ハートをファースが演じ
ハリーに教えをこう若きスパイのエグジーに、新星タロン・エガートンが扮する。

その他、マイケル・ケイン、マーク・ストロング、
サミュエル・L・ジャクソンらが共演。

ブリティッシュスーツを華麗に着こなし、
スパイ組織「キングスマン」の一員として活動しているハリー。
ある日、組織の一員が何者かに殺されてしまい、
その代わりに新人をスカウトすることになる。

ハリーは、かつて命を助けてもらった恩人の息子で、
密かにその成長を見守っていたエグジーをキングスマンの候補生に抜擢する。

一方その頃、頻発する科学者の失踪事件の首謀者ヴァレンタインが、
前代未聞の人類抹殺計画を企てていた。

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★










posted by kazoo at 22:51| Comment(0) | TrackBack(14) | 映画 (か) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月05日

華麗なるギャツビー

さて
「華麗なるギャツビー」ざんす。




アメリカ文学の歴史に
名を残す
F・スコット・フィッツジェラルド


の代表作のひとつ。






前回は
ロバートレッドフォード
ミア・ファローのカップリングで
映画化されたよね。




今回は
レオナルド・ディカプリオ
キャリー・マリガン


の組み合わせ。



注目すべきは
今回

監督が
バズ・ラーマン!だってことだわよ



バズ・ラーマン


そう、あの
ムーラン・ルージュの監督!!



ムーランルージュは
「綺麗なだけで陳腐」とかさ

賛否両論あるけれど


な〜んせ綺麗ってのは
「パワー」
でもある。

全精力を傾けて
「綺麗」を撮ったムーラン・ルージュ



ほんとに
綺麗


綺麗



綺麗


綺麗


そしてその先に
なんだかぽっかり
暗い穴があいている・・・そんなニュアンスさえあったからさ



ギャツビーの世界観には
ぴったりじゃない!


「巧い作品見つけてきたわね


見せてもらうわよ!」


で、
わたくし、観た訳だけれども。


う〜〜〜ん


まず
「綺麗」に関しては

今回
3Dに拘ったのがさあ


わたくし的には
裏目に出ていると感じたわ〜。


3Dってさ・・・邪魔。


飛び出したり
奥行がっつうけど


そういうギミックなしで



「画面に集中」させる
カット割りや
画面構成が可能だと思うし


ってか

オーソドックスに
観せて欲しかったかなあ


オーソドックス

王道


・・・そっちにあるものこそが
「映画の楽しみ」の王道っつうか

ってか



早い話



な〜んかさ
3Dって


子供っぽくない?


うむう。


このお話はさ
「子供」のお話じゃない。


単なる
ハーレクインストーリーって訳じゃ、ない。


その
「大人」のお話に
3D・・・邪魔!



「もっとやれたはずよ、バズ!!!」



わたくし、心の中で
なんど思ったことか!



でもね
もちろん
いいところもあって


まずはj
童顔の呪い
ディカプリオ


彼、久しぶりに
ナチュラルに
いいわよ〜。



いいのよ〜〜〜〜。



バズが


監督が
力入れたのがわかる


スーツ
バシっと着こなして。


どうしたって
レッドフォード版と
比較されちゃうと思うのだけれど

わたくし
ディカプリオ

負けてないと思う。

思うに
出自の哀しみと怒りを抱きながら
一途にデイジーを想う


ギャツビーという男の
ある意味
「幼い」部分

彼の童顔がリンクして
見事に物語に貢献していると思われるんだけど
どうかしらん?



だって
女って
ロマンチックも好物だけど
ロマンチックを語るための
「余裕」は
崩せないもんじゃん。



良くも悪くも
「自分に都合よく」
リアリストであるのが
女。


でも
ギャツビーは女の
その部分を認めること
ないのよね〜


その
デージーを演じた
キャリー・マリガンも
「成熟」したルックスでは、ない。


子供もいる
人妻って設定なのに
どっか少女じみてる。

(前作
ミア・ファローもそうね
ミアの方が
神経質っぽいけど)



ディカプリオ
ケリガン
2人並んでのバランスも良かったわ。


この作品
特に印象的な点は
(ファッションの見事さは
言わずもがな)
3つ



まずその一つ目
「お茶会」でのシーン


デージーとの再会のための
お茶会を頼むギャツビー。


雨の中

ギャツビーの緊張が
いじらしいったら!。


2人の経緯と秘密を知ることになる
ニック・キャラウェイ役の
トビーマクガイア

「決して中心にはなれない」傍観者役
似合っていたわ〜。


この
お茶会の「緊張」の時
デージーは
自分の「優位」を知るのよね。


彼女がさ
物語の最初の方で
「娘はバカになることを祈っている
女の子はそれが一番。

美しきおバカさん”」
それ以上に幸せなことはないわ」

ニックに言い切るシーンがあるのだけれど



それって
ロマンチックを語る余裕を
提供してくれる男性に「選ばれる」ための


そうして
「選ばれたあと」の処世術としての
方法論だよね。


だけれど

ギャツビーに対してだけは
デージーは
「選ばれる」ことと同時に
「選ぶ」ことを
セレクトすることができる。

それはすっごく
甘美な体験だと思うわ。


だから
一旦は彼に夢中になるんだけれど


でも
それは、さ
あくまで
「甘美」な優位性に基づいたものでなくてはいけなくて
ギャツビーの出自が顕になっていくにつれ


甘美な優位性は揺らぐ。



そして


そこが揺らぐと
彼女自身
簡単に『美しきおバカさん』の世界に
戻りたがってしまう。




いみじくも


「自主的」に。


「ギャツビーは
あんなにデージーに一途なのに
デージーは・・・」


ってなことは
もちろんわたくしだって考えるけれども



ギャツビーがデージーの中に見ているものは
単純な
「恋心」だけじゃない
じゃん?


歴史の若い国
アメリカが
実は厳然たる「階級社会」であるってことは
今じゃみんな知っている事実だけれど



その階級の中にある


「矛盾」



「対立」



それらを全て飲み込んだ土壌の上で

デージーは
「無邪気に」



社交界の華として存在している。


「だからこそ」


ギャツビーは
デージーに惹かれるんだって視点だって
あると思うの。


ギャツビーは
何もかも
手に入れたように見えるけれども



自分自身の中にその「無邪気」を見ることは
永遠に
かなわないからさ


その出自を
呪いながら
結局誰よりもそこにとらわれてしまっている
哀しみ


その哀しみゆえに
デージーに惹かれるギャツビー。


2つめは
例の
シャツを


上質のシャツを

リネン、シルク


次々にデージーの上に降らせるシーンだわよ。



もうさ
カラフルで綺麗で

監督、力入っているわよ〜


視覚のご馳走


それだけにね〜〜〜


哀しく
切なく
虚無感の漂うシーンでもあるんだけれど。



3つめは
この映画、サントラがゴージャス!


Jay-Z
全面監修しているってことで
アップテンポのものから
ジャジーなものまで
粒が揃っているわよ。


ビヨンセアンドレ3000



フローレンス・アンド・ザ・マシーン



ウィル・アイ・アム


「ちょっと現代風に過ぎやしない?」
いやいや
わたくし的には
原作にある時代の虚無感を
うまく現代にシフトしてあると思う〜。


Young and Beautiful  (Lana Del Rey)


召されるときは
彼と共に
神様どうぞお願い
彼の素晴らしい顔
洗練された物腰、体を観ていると
パーティをしたくなる
どうぞ神様召されるときは
彼と共に


な〜〜んて染み入る一曲もしっかり。


とにかく



ピンクのスーツなんか
着ないんですってよ。


オックスフォード出の男は、ね。



華麗なるギャツビー


原題

The Great Gatsby

ラスト



「The Great」と付け加えられるシーンで
救われたわ。





posted by kazoo at 11:54| Comment(0) | TrackBack(15) | 映画 (か) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月22日

雲の上団五郎一座

笑いが好きならば
日本の喜劇だって
やっぱり知っていたいじゃない?





映像があれば
観たいじゃない??




「伝説の」って言っていいと
思うけれども



雲の上団五郎一座

や〜〜〜っと
観たぞ!




この映画
噂には聞いていたのだけれど





なかなか
観るチャンスがなくて。





や〜〜っと
ほんとに
や〜〜っと

今回
観ることができたのよ〜〜。




もう
今は亡き方も含めて
日本の喜劇人総覧って感じ



花菱アチャコ



佐山俊二




八波むと志




目力半端でない榎本健一



おしゃまんべの



由利徹



三木のり平


藤田まこと



高島忠夫


まあ〜〜若い!!!





フランキー堺



水谷良重


わたくしご贔屓の
調子いい
南利明


目玉くるくるの
茶川一郎


あ〜



ステキ
ステキ





みんなすんごい
存在感!





顔つきがさ
もう一目で
「喜劇役者」。




今はもう



「喜劇役者」って言える人・・・



ぱっと思いつかなくなっちゃったよね。





哀しいなあ。




何より観ていて



笑いが
「あざとくない」。





なんだろう





落語を映像にして
観ている感じと言えば
伝わるかしら???




歌舞伎好きなら
本当に
クスクスだと思う



そもそも
「雲の上団五郎一座」っていう
一座の名前がおかしい。



「團十郎」じゃないんだもの

にせものだって
「申し訳ない」って気持ちと
いや、俺らだってという自負心からの

「団五郎」


ぷぷぷぷ。



分を知っているんだわね〜。



なんというか
今のお笑いが
「洋菓子」ならば



ここにあるのは
上等なこんぺいとうのような。



お話は
ドサ回り専門の「雲の上団五郎一座」が
フランキー堺演じる
調子こいた演出家の手によって
いつの間にか一流劇団へと
出世していく

そこに
フランキーと
水谷の恋物語も絡めてってな内容なのね。




一座の話だから
映画の中で
「舞台」シーンが度々出てくる。


「切られ与三郎」の場面の
三木のり平の可愛さったら!





フランキー堺
「勧進帳」の舞台シーン
弁慶役で魅せる
魅せる



あの独特な
歌舞伎特有の
台詞回しで
朗々と・・・


でも




「ん?
何言っているのかしら?」



と耳をそばだたせてみたら





「朝もはよ〜から〜〜
カンテラ下げて〜〜〜〜」





笑った〜〜〜





そんなことをしながら
きちんと「歌舞伎」をやっていて



納得させるのね。





笑いにさ
説得力があるのよ。





弁慶退場のとび六方シーンでの
あの見事な「JAZZ崩し」は
きちんと基本が
やれているからこそのチャーム。





わたくし
由利徹のチャームにも
あらためて
やられたんだけれども





三木のり平にしても
南利明にしても
みんなみんな
出てくる人たち
リズム感がいいんだよね〜〜




だからこそなのかしらん



このチームワーク!





この間合い!!





いいなあ
好きだなあ〜〜





なんか
ほっこりしちゃう
にこにこしちゃう



みんなそれぞれに
「見せ場」が用意されていて
その「見せ場」を
しっかりものにしているってのが
凄い!



チャンスがあったら



ほんとぜひ!!





日本の喜劇人の実力
「カラー」でたっぷり!!

posted by kazoo at 13:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 (か) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月19日

この愛のために撃て

わたくしが
お世話になっている映画サイト。





映画を観た感想を
簡単にメモのように
つぶやきどうぞって
システムなので

あー
これは観たな



これは昨日観たって



覚書のように書いていたら





いつの間にか
2000本超えていて




げげッ!
結構
観ているもんだな




でも
その割には
「深く」鑑賞とか
「映画マニア」にゃなれとらんわたくし。




どこどこまでも
ミーハー



で、すっかりつまんなくなった
サイバラどんじゃないけれど





3歩歩けば
全てを忘れる





そういう鳥頭のわたくしではあるんだが





さすがにさ


数だけはこなしているもんで





観客として映画を観るとき



「すれた見方」をするようにも
なっている訳だよ。





ってかさ





アメリカ映画でも
邦画でも





「あ〜〜〜こいつは
悪い奴」



とかさ





「あ〜〜〜
こいつは寝返るな」
とか





「あ〜〜〜最終的に
こいつは味方になるよ」



とか





そういうのって
出てくる役者
スターさんの顔によって



結構
想像できちゃうじゃん???



あたりついちゃうんだよ〜





あんまり
映画に興味なくて
役者にも
スターさんにも
興味ない人の方が





わたくしのような
「すれた観客」よりも





作品を
「楽しむことができ」たりする事実。





ね〜〜〜〜





けれども
観ているものを
観ていないとは
言えない





言えまシェン。








こころは〜〜〜
いまだ〜〜〜
純白だけど〜〜〜♪








で、すれた観客であっても
楽しませる
それこそが
ああ、それこそが
本当に



「面白い」映画ってもんじゃないかい!!!



と、思っていたわたくしでありましたが。





逆切れか〜い!





「この愛のために撃て」





タイトルいいよね。



日本語のタイトル
最近はどうなのさってのも
多いけれど



まず
このタイトルに惹かれて
観る気になったんだ。





いや〜〜〜〜





これ
面白かったのよ





っつうのも



この作品
おフランス映画。





正直なところ
出てくる役者さん





「知らんなあ〜〜〜」





だからねえ



いつものように





「ああ、こいつなら
こうなるな」



っていう
見方は放棄せざるを得ない。





その分
まるで映画バージンのような
そんな心持ちで物語に



のっかることができましたのさ。




おほほほほほ





ライクアバージン♪




で、そういう見方が
非常に功を奏した作品だったのでした。





だからねえ
とにかく
「観て!」



ってだけおススメするのが
一番じゃないかって
気がする。




物語は
さえない看護士サミュエルって男がさ
暴漢に襲われて気を失っちゃうの






目が覚めたら
身重の妻がいなくなってて





混乱しているところに
電話がかかってきてさ





「今から3時間以内にある患者を連れてこい、
さもないと妻を殺す」





そう



これいわゆる
巻き込まれ型のサスペンス





なんでそんな患者を
連れて行かなくてはいけないのか





身重の妻は
どこに行ったのか




時間制限はあるわ
追っ手は厳しく





はたして
サミュエルの運命は??





繰り返しになるけれど
とーにかくこれ
なるべく情報もたずに





な〜〜んも考えず
観るがよろしい。





ハラハラ
ワクワクドキドキ





きゃーーーー!!!




特に



地下鉄構内での


追跡劇は



一見の価値アリよ!





結構ね



鑑賞後
ツッコミどころは
沢山あるのよ





あるんだけれどさ




芋男ルックスの



サミュエルがさあ


走って
走って



走りまくって





で、
その頑張りの
根底には




妻に対する



愛がある〜〜〜





おフランスだからさ





やっぱ
アムールなのよ






ただただ



妻を
追って





妻を〜〜〜





でもねえ





でもさあああああ





あ〜〜〜



もう
言わないでおこう。





ハリウッドが
リメイクするんだ〜〜
するぞ〜〜〜〜って





叫んでいるらしいけれど





多分

あいつの役を
やりたがるスターさんは
多いぞ〜〜〜〜
(さて、誰のことでせう)




ふっふっふっふっふ



とーにかく


お薦め



どぞ!









posted by kazoo at 14:51| Comment(0) | TrackBack(8) | 映画 (か) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月12日

コララインとボタンの魔女


怖い話し





怖い話と言えば
2008年
この夏一番切なく怖かった話って記事で

怖いお話をご紹介しました。




その記事は結構
今でも
読んでくださる方が多くて
ふむ
みんな
怖い話し
好き??
好きなの???





で、
今年はさ
とりあえず
わたくし
これが怖かったのよ。





コララインとボタンの魔女





「え〜〜っ!?
だってこれ
ファンタジー映画じゃないの??


見る限り
キャラ造形も可愛いじゃんか」





そうでしょう?





そう思うでしょ???





そ・れ・が・さ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




そもそも
あの名作





ええ
名作と言い切ってしまうけど


ナイトメアー・ビフォア・クリスマス


ヘンリー・セリック監督が作った
新作だからさ


「可愛い〜〜〜♪」
「いや〜〜ん♪」だけの内容であるはずがない。


ないっす。



ダークファンタジーっつうかね。




11歳の少女コララインは、
引越ししたばかりの家で、
封印された小さなドアを見つける。

それは、驚くべき“もう1つの世界”への入り口だった―。

ドアのむこうでコララインを待っていたのは、
花が咲き誇る美しい庭、
心踊るサーカス、
そしてコララインの願いを何でも叶えてくれる“別の”ママとパパ。

ただ1つ奇妙なのは、ママもパパも目がボタン…。

「こっちの世界の方が、全然素敵!」

楽しくて、夜ごとドアを開けるコラライン。

しかし、美味しい話には罠があった!

別のママが優しい声でコララインに語りかける。
「ここが気に入った?ずっと居ていいのよ。

ただ1つだけ条件があるの。
目をボタンにしましょう…。


次第に明かされる、別のママの恐ろしい秘密。
コララインは慌てて現実の世界へ逃げ帰るが、
本物の両親は姿を消してしまっていた…。


ってのがその内容なんだけど・・・




何が怖いって
この「ボタン目のママ」!!!!



すっごく
キュートなルックスなのにさ





目がボタン





ただそれだけなのに
なんでこんなに怖いのか???





日本には
目は口ほどに
ものを言う
って言葉があるじゃん??





ボタンママの目ってさ
黒目ばっかで
「よめない」のよ!!!




そこが、ねえ〜〜〜〜


そこが、怖い!!!!





いやだ〜〜〜〜〜〜





しかも、このボタン目のママは
すんげ〜コントロールフリークなのよ〜〜う





きゃーーー!!!!



大体がこの
「コラライン」って女の子


「キャロライン」っていう
よくある名前じゃなくて
「コラライン」


すっげーもう
そこからして
ちょっと生意気でさ


自意識過剰気味な子供だってこと
解ると思うんだけれども





よくさ



子供が
「もっと物分りのいい親が欲しい」って思うってのは
パターンじゃない??





今は
子供だけじゃなくて
アダルトチルドレン
結構な大人でも
んなこと言っている奴
多かったりするけれど。





でさ
映画の世界じゃ
しっかりその望み
叶えられるのさっ!!!





美味しい料理作ってくれて
優しくて
かまってくれて
かまって
かまって

かまってくれて





でも




・・・・


・・・・



「ここが気に入った?ずっと居ていいのよ。
ただ1つだけ条件があるの。
目をボタンにしましょう…。





きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!





いや
観ていると
つくづく
あちゃらのママって
「自立」だの
「キャリア」だの
忙しいのね〜〜〜〜〜って。





ま、日本もか。



わたくし
「追いかけられる」って夢
結構みるんだけれどさ




封印されたドアをこじ開け
ふわんふわんするその穴の中を
あちゃらの世界に向かうコララインの姿が
もろなんか
その夢と
リンクしちゃってさあ




そう!!!



そうなのよ!!!





ナイトメアー・ビフォア・クリスマスはさ
わたくしの中で
「物語」



「お話」だったんだけれども
それで気持ちよく「消化」すること
できたんだけれども





コララインとボタンの魔女は
わたくしの
寝苦しい時に観る「夢」とダイレクトに
直結しちゃっている
ような
なんちゅうの?



気持ちの落ち着きが悪いっちゅうのか


そんな怖さがあるんだわ。





ひょえ〜〜〜〜〜〜〜〜





「な〜〜に言ってんだか。


たかが映画じゃないの」





いやいやいやいや





この映画
結構
トラウマベースだわよ〜〜〜





あ、そうそう
これ3Dってことだったんだけどさ

わたくしは
3Dじゃない形で観ましたの。





え?
せっかくの3Dを無視して
観た???





そんなんだったら




・・・・


・・・・



目をボタンにしましょう…。








きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!








や〜〜め〜〜〜て〜〜〜〜!!!!!









この怖さ


判る方

いるよね???



いるよねえ???




絶対


わたくしだけじゃないと


信じたい〜〜〜〜〜〜





ひ〜〜〜〜〜〜〜〜ん







posted by kazoo at 13:01| Comment(0) | TrackBack(4) | 映画 (か) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月21日

恋とニュースの作り方

 けおめ〜〜〜ッ!!!
ことよろ〜〜〜〜ッ!!!」






「・・・軽いッ!!!
軽いわッ!!!



松の内も過ぎたっつうのに
あけおめ〜〜って!



ことよろ〜〜〜って!!!」



「あら〜〜



新年のご挨拶は
大事!!!



大事じゃないの〜〜!!!」



「まあそうだけど
もういい年した大人なんだからさあ
そこは
しっとり落ち着いて



ってか
妙な省略せずに正統派でいくがいいじゃないの。



「あけましておめでとうございます。



本年度も
よろしくお願い致します」



これがレデイってもんじゃな〜〜い」



・・・似合わないッ!!!



そんなの
て〜〜んで似合わないわッ!!!」



「そういう問題じゃなくてッ!!!」



「あーもう
うるさいッ!!!



うるさい小姑は置いておいて
2012年も
よろしくお願いしたいのよッ!!



ってな訳で
行くわよッ!!!」



「おかずですッ!」



「ずーこですッ!!」



「2人揃って」



映画に耽溺〜〜!!!!





「・・・・やっぱこれよね」



「・・・・落ち着いたわね」



「で。
2012年
しょっぱなからの小姑発言は
あえて無視させていただくとして」



「わ〜〜〜
やだ〜〜〜〜
今年は辰年だっつうのに
一人時間差干支の
蛇年女〜〜〜



蛇年生まれの女は
ねちねちねちねち
ねちねちねちねち・・・



「ふんッ
あたしは
2012年から
ひとつアダルトになって
「スルーする」ってことも覚えたのよッ!!」



ねちねちねちねち
ねちねちねちねち・・・






「あーたべったら漬けでも漬けてるの??
・・・しっかりスルーすることにして
さて2012年一発目は
「恋とニュースの作り方」・・・って、まずは
誰よ
この邦題つけたの〜〜!!!
関係者
出て来い〜〜〜ッ!!!



「あーた
確実に潤いが不足してるわよ。
そんだけ怒りっぽいってのは!!



潤いのない女って嫌ねえええ〜〜〜」



「誰が潤いがないって??
アマゾン湿地帯よりウルウルな私をつかまえて
何を言ってくれちゃうっての」



「言うにことかいて
アマゾン湿地帯って・・・
なんか妙なもんが
あーたのあらゆるところに潜んでそうで
やだーーーッ!!!」






「・・・・だーって
この邦題だと
甘い甘い
単なるラブコメだーなんて
勘違いする人だって
大勢いらっしゃるような気がしない?



「あら、違うの???」



「ほ〜〜ら言わんこっちゃない!!!



違うッ
違うのよッ!!!



「へー」



プラダを着た悪魔アライン・ブロッシュ・マッケンナ 脚本
ノッティングヒルの恋人ロジャー・ミッシェル監督 作品



そう聞いただけで
映画好きなら



ある種の「勘」が働くってもんじゃなくて???」




「あーそうなんだー。
確かにそのタッグだと
単純なラブストーリーものじゃなさそうね」



「でしょ!!???



もちろん
ラブストーリーも絡むのよ。



絡むんだけれど
それだけじゃない!



むしろこれ



ワーキングガールど根性物語であり
嫌な上司との付き合い方ハウツーものであり



仕事との距離探索物語であり・・・」



「あーすると
やっぱりあの
「プラダを着た悪魔」のテイストが強いわけね?」



「う〜〜ん



でも
あの
「プラダを着た悪魔」だとさあ
ほら
私達
ヒロインに
ちーっとも感情移入できなかったじゃな〜い??




「そうそう
そうだったわね。



でもそりゃ仕方ないわよ。



だってあのヒロインって」



「おバカさん!!!」



「おバカさん!!!」



「甘ちゃん!!!!」



「シュガーちゃん!!!」



「ど〜〜う考えても
メリル演じた「悪魔」の方に」



「肩入れしちゃうってば〜〜!!!だったわよね〜〜」



「なんかもう
頑張っている自分にうっとりで」



「頑張ることなんか基本ですぜって考え方が
出来ない女の子のお話し」



「あーやだやだだったじゃない??」



「うんうん」



「でもね
そこが違うのよ。



この作品のヒロインはさー
少なくとも
あんなんじゃなくて
仕事が好きでさー」






「うんうん」



「で、好きで頑張っていても
それが結果に繋がるかっつうと
そうじゃない時だってあるじゃん??



「あるわね〜〜〜。



あたしも
スタイリストやってた頃
一晩中かかって
靴の底張りとかアイロンかけしてさ〜〜
それをあーたが
酔っ払った勢いで一人ファッションショーやって
ぜーんぶ台無しにしてくれちゃったこととか
思い出すわ〜〜〜」



「・・・なんであーたはそう
ネガティブなのかしら??
スーパーモデルの一人ファッションショーに使われるなんて
スタイリストとして光栄だわ位のこと
言えない??」



「言えるわけないでしょッ!!
何がスーパーモデルよ!
スーパーのモデルにさえなれないってのに。」



「・・・2012年は、スルー
スルー



・・・・



・・・・



長年勤めたテレビ局をクビになり、



心機一転
「デイブレイク」のプロデューサーに就任したベッキー。






超低視聴率番組を立て直すべく奔走するけど、
待っていたのは試練ばかり。

憧れの報道キャスター、マイクを抜擢するも、
彼のプライドに振り回されチームはめちゃくちゃ。



番組の視聴率は下がるばかり。
上司からは番組打ち切りの宣告をされ、
ようやく掴んだ恋にも危機が訪れる。

果たしてベッキーは、視聴率を上げ番組を救えるのか? 
そして自らの恋を取り戻すことができるのか!?



ってのが
この作品の内容なんだけれども」



「また今年も
説明の時だけ
トーンが平坦になっているわよ!!」






「なんせ
彼女の仕事場って



TV局な訳なんだけど
華やかなイメージを想像したら
大間違い。






なんでも裏側は
シビアなわけよ。






毎日仕事熱心なあまり
局に泊り込むばかりの勢いのヒロイン
ベッキーは
自分の仕事が好きだし
物怖じしないし
好きに伴う「犠牲」にも
泣き言言ったりもしないの。



「あら、それはプラダのヒロインとは
違うわね〜〜」



「でしょ〜〜???」



「で、さ
ヒロインベッキーの頑張りに
ちょくちょく水をさしてくれちゃう
「報道」の大物キャスター
マイクを演じているのが
ハリソンフォード なんだけどー」





「うんうん」



「これがまた
食えない親父でさああ〜〜〜」



「あはは」



「もんのすごくリアルなのよ。



ほら
別に大物報道キャスターって立場じゃなくても
親父の中には
プライドの権化と化している輩も
ちょくちょくいたりするじゃん??」



「いるわねえ」



「その話しは俺を通したか?」とか、さ」



「ちゃんと報告した時には
ろくろくまともに
聞いている風でもなかったのにねえ〜〜」



「何かと言うと
「俺が」っていう俺俺風を吹かせて
仕事を「俺」にしたい奴!」



「いるいる!!!」



「もうねー



ハリソンフォード
結構
マジで
こういう風なんじゃないの??



ほんとに
これ演技??



って位
リアルなのよ〜〜
そのプライドのあり方とか」



「ふふふふふ」



「で、
あれこれあって
やっさもっさあって」



「なんでいきなりそこで端折るのよ」



「いや、だからさ
結局
このお話しの心地いい着地にさ」



「うん」



「わたくしが常日頃から言っている
「コミュニケーション」ってのが
大きく存在して
光り輝いているわけよ」



「あ、そうなの??
あーたが今年も上から目線で
意味なく偉そうなのは気に食わないけど
じゃあハッピーエンドなんだ。」



「あのプラダを着た悪魔のヒロインに
私達がちっとも感情移入できなかったのは
思えばさー
あの子がちーっとも
コミュニケーションをとろうとしていなかったからだとも
思わない??」



「あ、そういえばそうかもね。



彼女ってさ
大変だ大変だって
言っているばかりで
思い切って飛び込んでみるとか
周りからからめ手とかいうのも
考え付かなかったみたいだし」



「でしょ??
つまり
彼女は
「仕事」じゃなくて
「自分」しか見てなかったのよね。



でもさ
この作品のベッキーは
「コミュニケーションから全ては始まる」って
知っているわけよ
なんといっても
あれこれ頭打ってるからさあ〜〜」



「うん」



「そうでなけりゃ
自分を正しくアピールなんてことも出来ないし
仕事を割り振ることだって出来ない。」



「そうね」



「おかしいのはさ
最初ベッキーって
前髪を厚く作っているんだけど
それってあちゃらじゃ



「大人」じゃない訳よ



で、そんなところも
からかわれたりして。」



「そうね。
日本と違って
幼くみえるってのは
決して褒め言葉じゃない
もんね」



「あら、日本でだって本当はそうよ。



若々しいってのと
幼いってのを
混同している輩が多いってだけで



「で、話しが進んでいくうちに
ちょっとづつおでこが出てくるの」



「うふふ。



やっぱ
表情がはっきりするわよね
おでこ出すと」



「そうなのよ。
で、そうなってくるに従って
「責任」とかさ
彼女にまつわるものも重くなっていくの」



「けどそれこそ」



「そう!
醍醐味!!



「だから
言葉に説得力を持たせるのは
「結果」だけれど



その「結果」ってのは
コミュニケーションが生み出すものだ
っていう



しごく当たり前のことがね」



「光り輝く着地に存在している物語なわけね」



「そうそう」



「脇を固めるキャラも豊富よね」



「そそ
ハエ男 も出てるし」





「英語が不得意な愛人だとか」



「体当たりお天気おじさんだとか」



「そうそう
忘れちゃいけない。



ダイアンキートン
キュートだったわよね」



 「なんでも体当たりでね」



「あの相撲!!!」



「あはははは」



「あのバレエ!!!」



 「もうさ



結構
意地悪も言うけど」



「ちゃんと
引く所は
引くのよね」



「そうそう」




「とにかく観てると
スカッとするよね」


「うん。」



「ベッキーの彼氏
あんな理解のある男いるかよとかさ」




「うん」



「アメリカの競争社会で



あんな着地あるかよ〜とかさ」



「うん」



「でもさ
一生懸命誠実に向かい合おうとするからこそ
仕事場でも
恋人の前でも
YESはYESだし



NOはNOっていう
やらないより
やって負けてやるわって
ヒロインの一貫した姿勢

やっぱり気持ちいいのよ。」


「そこははっきりしてたわよね」




「そうね。
迷うけれども
譲らないところは
やっぱり譲らない。



なかなかさ
NOってのは
言えなかったりするけれど



言うべきときに
言わないと



きちんと伝わらないじゃない。」






「で、そう言えるのは
普段のコミュニケーションがものを言うってことね」



「まあさ
色々突っ込みもあるかもだけれども」



「いいじゃない。
すっごく気持ちよく着地させてくれるし



嫌味なだけだって思ってた
ハリソン親父の「親父力」にもうんうんうんだし!」



「そうね!」



「新しい年
こんなハッピーエンドの作品から始めるってのも」



「いいかも!!!!」



「いいかも!!!!」



「お奨め!!!」



「お奨めよッ!!!」








posted by kazoo at 19:25| Comment(0) | TrackBack(2) | 映画 (か) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月11日

奇跡のシンフォニー

Photo
ま、わたくしなんぞは
基本ペシミスト


ざんすから
脳内一人つっこみは当たり前





石橋は
叩いて叩いて叩き壊す





そういう性分。




(単なる臆病者って話もあるが)



けどさ



ペシミストだからこそ
オプティミスト


に憧れてはいるのよ。





ただ



そこはほれ
長年ペシミストやってるから
上手に導入してもらわないと
オプティミストへの憧れは昇華しない。
昇華していかない。





映画のことに関して言えば
大抵の優れた映画ってのは
場面場面
演出や脚本の基調はペシミスト
だけど導かれるのはオプティミスト的結論

そういうコンセンサスが根底に流れているって気がしない??








その結論が仮に
かなり悲劇的に見える時だって
そこはそれ
「人間」の多面性を示して
わたくし達は目と心を開かさせられることになるのだわよね。





斜めから
前から
後ろから



いろ〜〜んな所からの突っ込みを
かわしつつ成立している。





その上で



物語をぶちあげて、さ。





ハッピーエンド
大団円ってのは
わたくしに言わせればオプティミストへの
上手な導入



昇華の形。





だからこそ
観客のカタルシスへと繋がるんだわ。





で、ね。





「素直」な映画と
「単純」な映画は、違う。





たとえば
わたくしの中では
「地球のまんなかで」叫んだりなんだりってのは
「単純」な映画。





奇跡のシンフォニー





この映画は
「素直」で気持ちのいい映画なんだわ。





ほら、人間
たまにゃ
「素直になりたい」って思う時あるじゃん??





そういう人
観て!!!





ってか、観るべき!!!







はっきり言って
突っ込みどころはたくさん、ある。





宗教色っつうか
お説教色もちょっと匂うし。





だけど



それを超えてあまりある
「気持ちよさ」があるのよ〜〜〜。





特にねえ
「音楽」の力を信じる人
ぜひ、観ていただきたい
って思う。





わたくし
途中からほんっと身を乗り出してしまいましたがな。





この映画
「大団円」に向かって
ひた走る。





それでその「大団円」が
半端ないっす。
もんのすごいカタルシス。





Photo_2



主演はフレディ・ハイモア






ほれ、チャーリーとチョコレート工場
あの子。





ジョニー・デップがその才能を認めて
2度の共演を果たしているあの子。





けど。



正直
わたくし、今まであんましぴんときてなかった。





巧い・・・う〜〜ん
そりゃね
けどなんか線が細いしさ
「薄倖な子供」役が似合うって
それだけなんじゃねえの???って。





すみません。



わたくしが間違っておりました。





彼がここで演じるのは
音楽の神に愛された子供。






音楽の魂を抱えて生まれた子供





その子がさあ〜〜〜〜〜〜



Photo_3



「アタシは
ギターを初めて弾くとことか

音符が溢れ出ちゃうとこが好きで…
もうそこだけでOKとした〜」





うん。



そのシーンは
彼が自分の中の音楽の「出口」を見つけるシーンなんだけどさ





演技・・・これを演技とは言わないんじゃないかってくらい



ほんっとに
「輝いている」んだもの。






すっごい。








“The music is all around us.
          All you have to do is listen.”



世の中に
音楽はあふれている。
ただ耳をすますだけでいいんだ。





彼は言うんだけれど



それを聞ける人と
聞けない人が、いる。





・・・そして聞いていながら
忘れようとする人も。





ふと
わたくしは
PRINCEの小さな頃を
想像していたりもしたんだけどさ。





Photo_4



彼を最初に見出す
小悪党を
ロビンウィリアムズ



やっているんだけど

彼は世の中に溢れる
「音楽」を「聴く」ことはできるのに

自身の才能は限られているのね。





クリエイトすることは
できない。





なまじっか
音楽が「判る」だけに



すごく切ない立場でもあるから



主人公は
彼を小悪党と判った時点でも
「断罪」はできなかったりする。





そして
ロビン自体は
なんとか自分の「判る」世界に
主人公を留めようとする。








それはさ
彼の
嫉妬でもあり
願望でもあり



絶望でもある行為。





今まで存在した
多くのミュージシャンと
マネージャーの関係なんかも
2人の関係に投影できるのよ。





とにかく



両親のラブストーリー



Photo_5



才能を持って生まれるということ






才能の生かし方






「出会い」の意味と意義。








後ね。
これね、
わたくし邦題でちょっと損しているんじゃないかって思う。





原題は



AUGUST RUSH




主人公のストリートミュージシャン時代につけられた
芸名が原題。



わたくし
ウォーク・ザ・ラインの主人公
「ジョニー・キャッシュ」
彼への目配せっていうか
そこで
韻を踏んでいるんじゃないかって思った。








あ、ちなみに
第80 回アカデミー賞歌曲賞にノミネートされております








とにかく。








ほんとに
鳥肌もんの大団円をぜひとも!!!






posted by kazoo at 16:31| Comment(0) | TrackBack(2) | 映画 (か) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月26日

グラントリノ

人を喪うということは
なんというものなのだろう。



世の中には
「癒し」という言葉があるが
「癒されない」という事実もある。



「哀しんでいいのだよ」
と赦された場所で
ぽかんと
口をあけていた気持ちは



ふとした瞬間に
側にきて
激しく
揺さぶりをかけてくる。



空の青さや



流れ行く
風によって。





ちりちりと
自身の側にある
その傷と闇は



けれど
「不快」では、なく
疎ましいものでも、ない。



「死」は
いつも遠かった
遠くあって欲しかった
「死」は



そんな風にして

存在している。



長い
長い間かかって



生と死が
「地続き」なのだということを
知った今






グラントリノを観た。





いつも
いつも
イーストウッドの映画



観るわたくしの
「時」を選ぶ。



「気持ち」を選ぶ。



そうして
観終わって



わたくしは



クリントの「遺言」なのか
この映画は



と思った。








明らかに
クリント自身を投影された主人公は



頑迷であり
差別主義者でもあり
そうして
深く
深く
真の哀しみを知る者。






それは
「自虐」では、なく



「自己陶酔」でも、なく



ただ事実として



過不足なく



描かれていく。






その「知性」の前に
わたくしは
素直になる。



そう
「完全」では、ない。






ヒーローでは、ない。






だからこそ
「お説教」では、なく



リアルに体感させられていく。




彼の想い



彼の人生



彼が



彼自身が



伝えておきたいこと。





「死生観」
或いは
「宗教」



そうして
「バトンを渡す相手」を通しての



「血縁」に対する考察



彼の今までの人生
全てが凝縮され投影されていて
息を呑まされる。






そうして気付くのだ。
気付かされるのだ。



これは
クリント個人に留まらず



先に逝く者からの
先に気付いた者からの
「遺言」であることを。








わたくしは



号泣し



そうして



放心した。





「これさ
リピート観出来ない作品・・・」



うん。



本当に。


わたくしも。





けれど
観て良かったよね。



この遺言を
知って良かった。






ここに「答え」は、ない。





「イーストウッドの映画は方向性だけを示して、
後は自分で考えなってな所が好きだすな。」





そう言った友人がいたけれど
その通りだと思う。






安易な答えなんぞ
ここには、ない。



けれど


恐らく

彼の示す
「父性」というものの本質
「人間」というものの本質こそが



わたくしの
傷と闇とのこれからの共存への「鍵」となる。





「ヒーロー」ではないからこそ
「ヒーロー」足りえる



しかし
それは



「知るべき者」
「知ろうとする者」がいて初めて
紡がれ得ること。



そんなことを
思った。





「去年の映画だけど
今年観た中で一番かもしんない」



うん。



2010年
わたくしも。



本年度
わたくしが観た映画のなかで
BEST。




グラントリノ
NO.1。


posted by kazoo at 13:33| Comment(0) | TrackBack(2) | 映画 (か) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月20日

今宵、フィッツジェラルド劇場で

51vrhkxjpwl__ss400_
映画には
なんつうかさ
出会うべきタイミングというものがあるよねえ〜〜。



多分
「今」だからこそ
良かった。



うん。



「今」観る事が出来て
本当に良かった。



そう、思えたのが
この作品。



「今宵、フィッツジェラルド劇場で」。



0fa2



















ほら
タイミングに
ドンズバではまると



その作品は
「特別」なものになるじゃない?。



大好きだった
ロバート・アルトマン の遺作は
「コメデイ」で
とても小さな

でも



余韻の深い作品だったよ。






もしさー
これ、もっと若い時に観たら



「筋」だけを追って
主人公のギャリソン・キーラーっつうおっさんなんか
実際ずーっと
こういう世界で生きてきた人らしいけれども
すっげー冴えない風貌だしさあ〜〜

メリル・ドスコイ・ストリープ
巧いかもしんないけど
わたくし的には
あんまし好きな女優さんでもねえし



「ふ〜〜ん。
あ、そう」



って感想で
終わっていたんじゃないかなとも思う。



きっとね。
わたくしのことだから。



でもさ。



まず



出だしのカットから
わたくしは
NY生れの画家
エドワード・ホッパー のあの作品
「ナイト・ホークス」を
連想してぐっと引き込まれたのよ。


0hopper

で、しつこいけど
これ
「コメディ」でさあ

しかも普段は
あまり日の当たらない
「ラジオ」の世界で生きている
人間たちにスポットを当てた話で。

30年あまり続いた音楽バラエティショーが
放送を終了する最後の夜のお話。



・・・



・・・



なんといっても
この作品に流れる
アルトマンの死生感がねー



すっげーーぐっときた。



「コメディ」にしたその「意味」も
確信犯でしょう。これ。



「コメディ」なのにさ



いや、だからこそ。



わたくし
ボロ泣きざんした。





「ドラマチック」か???



いえいえ。



「泣きの芝居」満載か???



いえいえ。





新しいオーナーがさ
舞台を観て



「あいつらみんな猿みたいだな」



なんて嘲笑うシーンがあるのよ。



なんかさ
神から観れば
人間の在りようはきっと、そんな風ね。



みんなの気持ちの拠り所である
フィッツジェラルドの胸像だって



「そんなもん、知らん」



あーねえ



そんなもんじゃん。
大事にしているプライドだって
観ようによっては
そんな風でさあ〜〜。





この作品の中で
一人死ぬ男がいるのだけれども
その死に方



これ、理想、だな〜〜。



えっと。



天使が出てきます。
場面を変えます。
でも・・・。



0f1





















ああ



とにかく
「今」観る事が出来て良かった。



「喪う」ことに怯える人
「喪った」ことに哀しむ人




きっと。



観るべきだと思ったりもする。



わたくしねえ
観終わって
しばらく
ぼーーーーーっとしたわ。



アルトマンの
最後の作品は
とても小さな






でも、



深い味の
上等なチョコレートの一粒のような「コメディ」。






声高に
「お奨めします!!!」って類の作品じゃないけれど


いやむしろ
静かにそっと好きな人にだけ差し出したいような・・・



どぞ。




posted by kazoo at 16:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 (か) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする