2014年09月18日

パンフレットB

さて
友達から贈ってもらったパンフレットのお話の3回目。



いきなりだけど



じゃじゃじゃじゃーん!!!



000_1182 トーチソングトリロジーだよ
おおっ!!!



これを映画館で観たのか〜〜



すげえ〜〜〜






本作品
わたくしのベストムービー10とかさ
決めるとしたら
いつも必ず上位の定番として出てくる
わたくし的タイトルムービー



過去
王国でも何度か
ご紹介している。



そうそう
母親役の大好きな女優さんだったアン・バンクラフトの
追悼記事でも。



実際問題
ゲイムービー
BEST50
の内
第12位に選ばれた実績を持つこの作品。



パンフレット見てみると
何より
主人公ハーベイ・ファーステインが若い〜〜〜



アハハ。



今だってすんごく魅力的だと思うけどさー
わたくし的には。



で。



このパンフレット
結構充実していてねー。



わたくし
好みの映画に何故かゲイムービーが多く含まれていたり
或いは
わたくしの好きな監督がゲイをカミングアウトしていたりするケースが多いのだけれども



たまさかよく言われるのが
「腐女子??」
或いは
「やおい???」



まあねえ
そういう自分の中の要素
全て否定するわけではないけれど



男同士が絡んでいたら
やみくもに〜〜〜って訳では、ない。



ないのだよ。


ええ。



けれどアーノルド曰く
「不治のストレート」であるわたくしが
魅かれる部分にそういうケースが多く含まれるのは事実。



なぜにそういう傾向があるのか。



そこんところ
すこここーんと
パンフレットの中で



鴻上尚史 が語っているので
抜粋。



鴻上尚史 はホモ・セクシュアルの恋愛の話を聞くのが好き。



それはたいてい
とってもエキサイティングで
面白くて
悲しくて
優しいから
という話から



その訳は
ホモセクシュアルの恋愛には
男と女のような「普通の目的」がないからだと続ける。



結婚がダメ(日本ではまだまだでしょう)



出産もダメ



普通の男と女は



「ぎくしゃくした関係をこういうイベントで
なんとか乗り切ったりするのに」



ホモ・セクシュアルには「愛しかない」。






だけれど



結婚や出産によって
「保証」されない恋愛だからこそ
続けていくだけで
後ろ指さされる恋愛だからこそ
(この後ろ指指されるってのは嫌な表現だと彼自身書いていますが)
愛に敏感になるんだと。



だからこそ
ホモ・セクシュアルの人達の
愛の話は
愛の本質そのものを語って面白いのだと。



そのようなことをね
書いているんだけれども。




いや勿論
ホモ・セクシュアルにだって
鈍感な輩は腐るほどいる
だろうから
一概には言えないけれど



普通の男と女の
「生活」の乗り切り方ってのに
結婚や子供ってファクターが
結構重要な働きをするのは、事実でしょう。



普通の人の愛の話が
いつの間にか
わたくしにとっては随分陳腐に思えるようになったのは



その生活を乗り切るためのファクターって部分を無視して
結婚や子供に
妙な教条主義を入れこんでみたり
過剰な意味合いを重ねてみたりで



あげくの果てには



婚活だの
どっかの中心で叫んでみたりだのなんだのって
男女間のいろんなことに対して
いやもっと言えば
「人間同士」の事柄
その表現方がどんどん幼くなっている世間の風潮ってのを
翻ってみて






どうやら



「エキサイテイング」の意味合いが
わたくしの考えるそれと
随分と差がある
のだなあと感じ始めちゃったからなのよね。



まあそういうと
随分偉そうに聞こえてもしまうだろうけれども



あーー
恋愛が
「判りたい」
「判ってもらいたい」という葛藤



せめぎ合いだとするならば

それは



もんのすごーーーーーーーーーーーーーく
エネルギーのいる話で



そりゃあ
わたくしも
恋に恋する夢子ちゃん時代には



「恋した〜〜〜い」



なんてこと寝言の
挨拶のように口走ってもいたけれど



実際問題
それって現実は



「事故」



まさしく
事故に出くわしたようなものだったりってのであって



そうなってくると



脳内エンドルフィン「まがい」を
自分で作り出して



「物語」の中の
「恋したあ〜〜〜い」とか
「わたしたちラブラブ〜〜」とか



「夫婦が一番」とか
「子供は天使」とか



「女は子供を産んで一人前」だとか






とにかく



そういうのが



俄然
色褪せて見えてしまったってのが
正直なところなのよ。



勿論
ステキな恋人たちや
そうなってみたい夫婦ってのが
0って訳じゃない。



生活するテクニックに
気持ちよく気持ちをのせて
毎日POPに闘っている人達は
いる。



ただねえ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「いいでしょう〜〜〜〜」って言われて
「うん!」って間髪入れずに言える対象は
極少数。



リアルでも
映画の中でも。



とにかく。



わたくしは
やおいとか
腐女子とか
どんな風に捉えられても結構だけれど



きちんと
「事故」が描かれているものが好き
ってことなんだな。



「事故」を「事故」として
描いている
そういうのが好きなの。



恋愛には



一種の「才能」が必要だと
わたくしは考えていて



それはなぜなら



「人が判りあう」ということが



とてつもなくエネルギーのいることという現実に対して
「判りあうことを諦めない」



ただそれだけの意志を
キープするのにさえ



大きなエネルギーがいることを知るから。






で、更に言わせてもらえれば



「人は判りあえない」





最初から口に出すのと



手を尽くして
ヘトヘトになって



「人は判りあえないけれど
諦めない」



つまり



こういう作品を観てつくづく思うのは



「分析バカにならない」



ってことの間には
とてつもなく
大きな隔たりがあるってことね。



で。



パンフレット読んでいるうちに
再度観たくなって
観なおしてしまったっつうのは
やっぱり
この作品
わたくしにとって
すげえ吸引力があるってことなのだ〜〜〜。



ああ、それにしても彼の声!!!



わたくしが好きなシーンは沢山あるけれど
ラストシーンでの
台詞。








「エドのことだけど・・・愛しているの?」



「判らない。・・・・たぶんね。」



「アランのように?」



「いいえ。



彼とは違うわ。

でも、死人は愛しやすい。
欠点がないから。」



「面白い見方をする子ね」



「うちの血統よ。
ママ、彼が恋しいわ。」



「時が癒してくれるわ。



傷が消え去るのではないわ。



仕事して
子供を育て
私とやりあっても傷は残る。



指輪のように体の一部になる。



傷があることに慣れてしまう。



慣れるけど、忘れはしない。



彼を忘れたい?」



「いいえ」



「それでいいのよ」









posted by kazoo at 16:11| Comment(0) | TrackBack(1) | 映画(は) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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